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わいわい通信

2015年05月01日

的場昭弘『マルクスとともに資本主義の終わりを考える』を読んで

的場昭弘『マルクスとともに資本主義の終わりを考える』を読んで
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 本書(亜紀書房 14.10)は 7章からなっています。序章:60階建ての幽霊ビル 第1章:まやかしとしての人権と民主主義 第2章:資本主義の行き着く先 第3章:「自由」とは「所有」のことである 第4章:過剰資本と過剰生産 第5章:資本主義の宿痾 終章:「小さな社会」の構想 です。題名に引かれ、資本主義の終わりを現在の問題としてどう論証しているのかなと思って買ったのですが 少し期待はずれでした。
 5章まではいわゆる現状分析にあたり マルクス経済学者だけあって基本を押さえ 現在の帝国主義に対する批判としては、資本(独占資本)の動向・意図を見抜いた鋭いものがあります。是非読まれることを薦めます。
 だが 5章の資本主義の終わり論に当たるところは 必ず終わりがくることは明らかにされていますが それが今なのだということは明らかになっていません。100年先に必ず資本主義は終わると言われても いま現在、確信をもって決起することは不可能だと思います。おそらく『資本論』Ⅱ巻21章:拡大再生産論の論理がこれまでと同じ未完成説で、それ故Ⅲ巻15章:恐慌論が利潤率の傾向的低落の法則との関係で位置づいていないことと Ⅲ巻5篇をこれまで通り信用論とすることで、利子生み資本(貸付貨幣資本)がもつ破壊性を措定できていないからではないかと思います。

 序章は 導入部として、批判点・論点を問題提起的に展開しています。抜粋すると
◆ アリギは『長い20世紀』で 資本主義の発展はいつの時代も、ある意味で金
 融に特化してそれによって崩壊していく歴史であったと述べています。… 生産
 から金融へという流れは、ひとつの生産システムの発展と成熟、そして衰退とい
 う流れを象徴しています。… 金融を維持するには、巨大な軍事体制という政治
 的権力装置が必要になってきます。…経済力だけでは維持できない。… 今進ん
 でいるグローバリゼーションのシステムは、資本主義それ自身の衰退を示唆する
 システムかもしれないということです。先進資本主義国は、もはや自らを維持で
 きなくなるばかりではなく、…地球全体を枯渇させ、崩壊に至らしめる可能性が
 あるということです。
◆ 原料供給基地であれば開発独裁も意味があるのですが、実際には消費市場とし
 て北アフリカを組み込みたいという意図が先進資本主義国で生まれていきました
 。…そのためにはひとびとの民主化が必要なのです。民主主義は、経済的に見れ
 ば消費市場の拡大を意味します。… ひとびとの消費欲望を刺激し、なおかつ政
 権を崩壊させる。
◆ アラブの春では、石油産出国サウジアラビアやカタールでも、王政打倒という
 民主化運動が起きたのですが、これらの親米的な国に対してアメリカは民主化を
 煽っていません。…1990年代反米だったアルジャジーラは現在では親米の放
 送局になっている。
◆ 19世紀の欧米の資本主義的権益の確保、ロシア革命以後は資本主義市場の敵
 に対する包囲網、ソ連崩壊後は再び欧米資本主義権益の確保という形で動いてい
 ます。
◆ 資本主義の一人勝ちという世界が、なぜ人間を幸福にしえないのでしょうか。
 … 資本主義社会の思考停止したプラグマティズム、いいかえれば実利主義です
 が、当面利益になることは、長期的に利益になることではない。このズレこそわ
 れわれの直面している問題なのです。
 
 第1章~第5章は序章で述べた論点の各論となっており 私がなるほどと思ったのは2点 消費市場と資源供給市場の区別、先進諸国が人権・民主主義を口実に介入 です。
◆ リーマンショックでバブル経済が崩壊し、過剰資本と過剰生産物を吸収する場
 所がなくなりました。それまでアメリカや、スペイン、アイルランド、ギリシャ
 といった地域での不動産バブルによって、過剰資本や過剰生産物を吸収してきた
 のですが、実体経済が機能して吸収したわけではなかったのです。国家や企業の
 借入金で不動産を買いまくったわけですが、それが崩壊したわけです。… それ
 が膨大な公債の付け、ソブリン・ファンドの赤字として、行き詰まってしまった
 わけです。そこで、一気に資本の吸収の場としてインド、中国、ロシアが対象と
 なりました。… 先進国がこれらの国をバブルの吸収役として使うことで、経済
 成長が進んだのです。
◆ 中東、北アフリカともに独裁政権が多いのですが、それを民主化するという建
 前は、本来の欧米の政策ではないのです。生産基地から消費基地に変えたいとい
 うのがむしろ本音でしょう。なぜなら、石油産出国の王政といった独裁政権につ
 いては、今のところ民主化といった旗を上げて介入するつもりはまったくないよ
 うですから。いやむしろ王政を積極的に支援しているのです。
◆ アラブの春という民主革命、いわば欧米のマスコミがつくりあげたイメージは、
 チュニジア、エジプト、リビア、そしてシリアの4つの国で終わったわけではな
 く、むしろ王政を敷くほかの国々にも広がっていきます。しかし、不思議なこと
 にそれらの国々では拡大せず、しかも先進諸国が王政を支持することで、民主政
 治の実現は進まなかったのです。… アラブの春とは、たんなる民衆の自由を求
 める革命であったのかという問いこそ、そこでの運動の問題となります。… 民
 衆運動の背後につねにインターネットや、カタールの放送局アルジャジーラがい
 たということです。… この民衆の革命は、一種の巨大企業や先進資本主義、そ
 のまわりで利権を得ているひとびとの「革命ビジネス」ではないかという疑問が
 わいてきます。
◆ ではなぜ、中東と北アフリカでアメリカはこうした戦略を展開したのでしょう
 か。それこそ本書の論点です。
◆ 現在まで開発独裁が存在し、西側の過剰資本と過剰生産を受け入れない国は、
 北アフリカと中東です。ここを崩す必要があった。それがこれらの地域を民主化
 する理由であったわけです。1980年代アジアで独裁政権がつぎつぎと崩壊し、
 ソ連・東欧も崩壊した。そこで新しい市場ができて、先進資本主義の成長は再び
 はじまった。それが今またリーマンショック以後限界に到達しています。そこで、
 中東の非産油国と北アフリカを切り開くというのが、資本主義としての思惑です。
◆ ウォーラースティンは、半周辺、周辺と分けています。半周辺というのは、今
 の世界でいえば、消費国でもあり、生産国でもある地域です。… これらの地域
 は、消費意欲を誘うために民主化されねばなりません。… 周辺というのは、生
 産に限定される国で、中でも最周辺国は、原料の供出に限定される地域です。マ
 リはウラニウムなどの資源を直接供給する低賃金国です。
◆ 資源に恵まれ、労賃が最も安い地域に資本は関心をもたざるをえません。…か
 つてのような帝国主義的植民地主義は、今では通りません。… そのための手段
 が「人権」という殺し文句なのですが、…人権が先進諸国の有効な攻撃手段とな
 ってい[ます]。… 西欧的価値基準から見た人権ということです。…最低限の
 生活を保証するという点での人権などは問題にならず、政治的な権利の平等だけ
 を意味しています。… マリはまさに最周辺国として、フランス軍の支援を受け
 ました。イスラム過激派から国を守るというのが建前なのですが、それは、人権
 や民主主義を守るというお題目の中で決定されています。
◆ 現在のわれわれの世界を覆う人権や、それを普及させる先進国という構図は、
 資本とそれへの従属という裏の絵をかき消し、グローバリゼーション=文明化と
 いう図式に換えています。… 人権ということばで野蛮な行為が正当化できるの
 かということです。
◆ フランス革命が目指した人権というものの根本が、私的所有の自由にあるとす
 れば、資本主義社会が人権をことあるごとに積極的に主張する意味…は、私的所
 有社会の実現であり、他人を排除し、利己的な個人をつくりあげるということで
 す。
◆ フランス革命は… 商業の自由は確保されたのですが、それによってひとびと
 は金儲け以外には関心をもたなくなったということです。
◆ 自由というのは、私的所有を守る自由であって、それは競争する自由によって
 保証されます。平等というのは、所有の平等ではなく、競争する自由が平等であ
 るということで、安全とは私的所有を守ることができるということです。
◆ 人権という概念が当然の人間の権利だとするなら、イラク戦争でアメリカが裁
 判もなく収容したグアンタナモのような施設は間違いなく人権違反なのですが、
 誰もアメリカを悪の枢軸国とはいわないし、ましてやブッシュをフセインと同じ
 だとはいいません。人権には2種類あると思って間違いありません。ひとつはひ
 とびとが人間らしく生きる権利としての人権と、もうひとつはフランス革命が規
 定した所有を守る人権です。国際法上違法な拷問を行うことは間違いなく人権違
 反ですが、しかし他人の所有権に対して危害を与えたという理由でアメリカはそ
 うした人物に対する処罰を行っているわけで、人権違反には当たらないと考え[
 ているのです]。
◆ かつて…先進資本主義国に蹂躙されたくない国は保護主義あるいは社会主義と
 いう道を選んだのですが、新自由主義的感覚からすれば、それはすべて私的所有
 と自由競争という観念を無視する非人権国家だということになります。
◆ グローバル化した社会は、文字通り国家を超えて自由を実現したと思えるのに、
 実際は…国家を超えるテロに対してますます脆弱になっていて、それが逆に国家
 権力を強める理由になっているのです。

 第4章と第5章で 資本を突き動かしている原因が過剰資本と過剰生産、および利潤率の傾向的低落の法則にあることを明らかにして 終章で 未来社会として「小さな社会」を提案しています。
◆ 先進国のひとびとはこぞって巨万の富を求め、知的産業たる投資銀行やITビ
 ジネスに職を求めていきます。要するに金儲けは頭次第ということですが、それ
 が価値を生むというのは、ある意味おかしい。人間が生きていくうえでの労働と
 消費という過程は、人間が自然の中の動物である以上避けられないものです。儲
 けたお金に価値があるのは世界中でものがつくられているからであることは間違
 いありません。結果的に知的労働はその上前をはねているにすぎないことになり
 ます。
◆ 資本主義の基本矛盾、すなわち利潤を得るために賃金を下げることが、結果と
 して利潤を実現できなくしてしまうという現象がおきます。この矛盾を避けるた
 めには、無駄なものを買わせることしかありません。… 国家が一方で膨大な借
 金をつくってそれを買うことになります。典型的なものは軍需産業ですが、…保
 険制度を利用する医薬品など[もそうです]。
◆ すべての企業がロボット化され、労賃が支払われないとすれば、この企業の生
 産物を誰が買ってくれるというのでしょうか。… 高い賃金をとるエリート層だ
 けですべての消費を吸収しえない以上、過剰生産物と過剰資本は最終的に破綻せ
 ざるをえないわけです。だからこそつねに開発と経済成長という呪いの言葉が資
 本主義を覆うわけです。
◆ 資本主義の長期的傾向を表現することばとして「利潤率の傾向的低落の法則」
 というのがあります。資本主義は超過利潤を得ようと技術開発に膨大な投資を行
 うのですが、そのためかえって固定資本や流動資本の量が増え、それによって得
 られる利潤の率が低下するというのです。… 資本主義社会は投資効率を重要視
 しますので、効率が悪くなることを嫌います。… 利潤率が落ちると収益は停滞
 し、利子率は下がり、資本主義の成長は鈍ります。結果として資本主義の停滞が
 起こるわけです。
◆ 世界経済は、リーマンショック以降国家独占資本主義化しているといっていい
 かもしれません。経済成長を実現するため、国家と独占企業が一丸となって、商
 品を売り歩くといった光景が生まれています。各国の首脳は直接商品を売りに行
 くセールスマンになっています。そして資源確保、燃料確保、市場確保のために
 軍事的攻撃も辞さないようになってきています。
◆ さてこうした経済の行き着く先は結局どうなるかということですが、ある意味
 1980年代のバブルの再来、1970年代の成長神話の復活です。そしてその
 最終的結果もバブルの崩壊と成長神話の崩壊です。…バブル経済は、企業の収益
 を高めるとしても、それは一方で国家赤字の累積を生み出し、国家による社会保
 障の危機を作り出します。
◆ 当然ながら市場規模の拡大は、世界市場の限界と国家による公債発行の限界に
 よってある意味で限界に近づいてきています。実際に存在する生産力以上の信用、
 それによる無理な生産と消費、そこから生まれる破壊と従属、それによるたえま
 ない侵略と戦争、その根源は利潤率を下げないための資本の運動の結果です。
◆ ナショナリズムはとりわけリーマンショック以降顕著になるのですが、それに
 は理由があります。多国籍企業の資本を牛耳るひとびとはある意味国籍をもって
 いませんでした。しかしリーマンショックで巨額な損失を出した資本を助けられ
 るのは、国家しかなかったのです。そのため2008年はすべての多国籍企業が
 国籍を明確にし、民族資本に戻ったといえます。景気のいいときは国家を忘れ、
 損するやいなや国家を思い出す。つまり、多国籍企業を救ったのは、国家だった
 わけです。
◆ 資本の暴走、地球破壊の危機、貧富の格差の増大、知識の偏在などの大きな問
 題は、基本的に中央集権的制度の問題から起こってきています。今私たちは、こ
 うした問題に対処するために、今一度アソシエーションや、コミューンのような
 小さな世界を考えてみる必要があるでしょう。… 停滞という言葉は現在では忌
 み嫌われることばですが、人類史をざっと眺めれば19世紀、20世紀を除けば
 停滞そのものの社会であったわけで、その意味では最も人間社会にとって適応的
 で、永続的な社会なのかもしれません。
 
 少し長い紹介・抜粋になりました。以上だけだと 読者から「今回は批判はないの」とのお叱りを受けそうなので…
 20行程上のバブル経済の崩壊と国債による救済のところで「国家赤字の累積は、国家機能の停滞と、国家を救う多国籍企業による支配を導くのかどうかわかりません。最後の貸し手たる国家が弱体化することで世界国家が生まれるのかもしれません。しかし、いずれにしろその世界国家も成長のために赤字を積み上げていけば、同じように崩壊します」と述べています。
 「最後の貸し手は国家だ」と言いながら、他方で「国家を救う多国籍企業」とまったく相反することを述べています。おそらく 「資本主義はバブル→その崩壊=恐慌→バブルを繰り返しながら発展して行くのだ」と、永遠に資本主義は続くと考えている人々への反論として書かれたと思うのですが 世界国家の成立まで持ちだしたなら 革命・未来社会の到来は100年先の話になってしまい 反論ではなく賛成していることになってしまうと思います。また 資本主義で世界国家が成立すると考えることは超帝国主議論であり レーニンを持ち出すまでもなく、『資本論』Ⅰ巻の結語の論理(資本は1つに向かおうとするが、1つになることはない)から考えれば そんなことはありえないことはあまりにもはっきりしています。
 もう一点。筆者は「長期的傾向を表現することばとして『利潤率の傾向的低落の法則』というのがあります」と述べていますが マルクスは傾向的と言っているのであって長期的とは言っていません。なぜなら この法則に反対に作用する諸原因があるので 利子などを含めた正確な意味での利潤率は 長期間を比較すれば絶対下がっているとは言えないのです。剰余価値率の増大以上に資本が増大していないと 利潤率は低下していません。筆者が述べているように 利潤率はM/(C+V)で剰余価値率はM/Vですが 剰余価値率つまり労働の搾取度は 非正規職に置き換えられたりして賃金がどんどん減らされている現在 どんどん大きくなっています。労働の搾取度は 価値を生んでいる製造業などをみれば10倍~20倍(労賃から言えば全労働の1/10~1/20しか払われていない)と言われています。総資本から見た利益率(筆者の言う「利潤率」)は 減っています。資本の言う利益率とは 利潤から価値を生まない労働の労賃や架空の貨幣資本への利子などを引いた残りを資本で割ったものですから 引くものが増大していれば当然減ります。筆者は 資本家の言う利益率とマルクス経済学でいう利潤率とを混同させていると思います。さらに 恐慌論から資本主義の終わりを論証するのではなく、利潤率の傾向的低落の法則から論証しようとするため 資本主義の終わりが100年先の話になってしまっています。



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